厚生労働省は6月、2015年時点の「子どもの貧困率」が13・9%だったと発表した。過去最悪だった前回調査(12年)より2・4ポイント改善したが、国際的にはなお高い水準。解決に向け、どのような取り組みが必要か、識者に聞いた。

 脱 子どもの貧困 (上)2017年11月13日〜(夕刊)

首都大学東京 阿部 彩 教授

 景気に左右されぬ支援を

 「子どもの貧困率」が2・4ポイント減少したことは大きい。ただ改善は国の貧困対策の影響というよりも、景気が良くなり親の所得が回復したからだ。経済状況が再び悪くなれば、貧困率も悪化する可能性があり、景気に左右されない支援が求められている。 ,

 特に、ひとり親家庭の貧困率は50%を超える状況で、そこに手を打つためには現金支給が欠かせない。政府は昨年、ひとり親家庭に支給する児童扶養手当を引き上げた。だが、対象は2人目以降に限られ、それほどのインパクトはない。

 厚労省の調査は、所得を基に貧困率を推計しているが、欧州では、子どもの具体的な生活状況を把握できる「剥奪指標」を使った調査を取り入れている。「海水浴に行く」「学習塾に通わせる」といった項目を聞き、子どもが経験する機会が奪われていないかを調べるものだ。

 全員が海水浴に行くべきだということではない。一般的な家庭で、少しでも金銭に余裕があれば子どもにしていることができないのは、家計の危機的状況を意味している。子どもの生活がどれほど脅かされているかがストレートに反映される。

 近年、民間団体による子ども食堂や学習支援が注目されている。重要な活動だが、公的機関が担うべき。週に1回、月に1回という支援よりも、全中学校で給食を始めるなど、継続的で漏れのない取り組みが先決だ。

 なぜ、ご飯を食べられない子どもがいるのか。なぜ、母親とご飯を食べられない状況なのか。子どもたちがそうならないようにするために、社会はどうするべきかという議論に至っていない。労働環境や学校での取り組みなど、社会の仕組みを変えなければ、根本的な解決にならない。

 【メモ】子どもの貧困率とは、平的な可処分所得(手取り収入)の半分を下回る世帯で暮らす18歳未満の子どもの割合。厚生労働省によると、2015年時点は13・9%で、7人に1人の割合になる。過去最悪だったのは12年の16・3%。経済協力開発機構(OECD)の直近のデータでは、加盟国など36カ国の平均は13・3%で、日本はこれを上回っている。

 脱 子どもの貧困 (中)

 NP0法人「BONDプロジェクト」 橘 ジュン 代表 

 親が壁、支援届かぬ子も

 「親に殴られるので帰れない」「おなかがすいた。何も食べていない」。悩みを抱え、繁華街でさまよう少女たちのこうした声を聞き、保護する活動をしている。貧困、虐待、いじめなどさまざまな困難が絡み合い、援助交際や風俗勤め、自傷行為に追い込まれている。困窮世帯への現金支給や子ども食堂では救えない子が大勢いる。保護した少女たちの周りにいるのは、本来守ってくれるはずの親を含め、暴力を振るったり、自分たちを利用したりする大人ばかり。声を上げられないだけでなく、こうした大人が壁となって支援とつながることすらできない子もいる。

 生活保護を受けながら、子ども全員を学校に行かせていない親、収入もあって一見普通に見えるのに、子どもらしいことを一切させず、食事や日用品を十分与えない親。当たり前のように家族や社会とつながりがあり支えてもらえる人の視点では、分からない困難な状況がある。

 深刻なのは、こうした親の元で育ち、大人の年齢になってしまった子たちだ。十分な教育を受けていないので仕事に就けず、貧困が続くが、子どもを対象とした公的な支援や保護も受けられない。以前、親のネグレクトで十分な食事を与えられていない17歳の少女から相談を受け、児童相談所につなごうとしたが、「もうすぐ18歳ですよね」とやんわり拒否された。

 私たちのNPOでは支援の枠から漏れ、社会の統計からも外れてしまった子からのSOSを受け止め、保護して居場所を提供している。彼女たちの声、実態を伝え続けることで、問題を可視化し、社会を動かしていきたい。

 【メモ】「消えたい」「寂しい」「居場所がない」。NP0法人「BONDプロジェクト」には、貧困や虐待などに苦しむ少女からメールや電話で相談が寄せられる。遠く北海道や九州からSOSを送ってくる少女も。誰も頼ることができず、犯罪や性被害に遭ってよりリスクの高い状況に置かれる子が多いという。必要な場合は弁護士らと連携し、一時的に保護して行政機関につなげたり、自立支援のための長期的な保護をしたりしている。

 脱 子どもの貧困 (下)

 兵庫県明石市長 泉 房穂 さん

 対策予算充実 未来のために

 子どもを核とした町づくりをしている。全ての子どもに対し、一行政と地域が連携し、みんなで応援するというコンセプトだ。貧しい家庭の子どもだけでなく、誰ひとり見捨てずに支える。

 親の収入で線を引いて支援をすると、こぼれ落ちてしまう子がいたり、どこで線引きをするかで議論が複雑化したりする。明石市は中学生までの医療費と第2子以降の保育料を無料にしているが所得制限はしていない。

 相談のチャンスが失われると、問題は長引きやすい。支援は早期に、継続的にすることが大事だ。今年1月から、市が把握した妊婦全員への面談を始めた。早くに親の困り事を知り、フォローする。また児童手当は漫然と振り込まず、乳幼児健診などで本人の健康が確認できるまでは支払わない仕組みだ。

 子ども食堂は、小学校区ごとに1カ所できるように整備している。子どもの目線に立てば、市内に1カ所程度では通えない。2019年春、市内に児童相談所を設置する予定で、食堂と連携する仕組みをつくり、子どもの危機にいち早く気付ける拠点としたい。子ども食堂はブームのようだったが、これからは実際の課題に向き合っていく時期に来ている。

 行政の政策で、予算を何に振り分けるかは「選択と集中」と言われる。子どもについては「あれか、これか」ではなく、「あれも、これも」必要だ。子どもの貧困というのは、子どもを貧しさに追いやっている政治の貧しさの表れだと言える。

 明石市では、他の市に比べて、子ども施策に予算を投じている。結果として、人口は増加に転じ、新たに生まれる赤ちゃんが増え、税収も上がった。子どもにしっかりとお金を使うことは町の未来のためにもなる。予算をシフトすることで、子どもたちが救われる。

 【メモ】兵庫県明石市は瀬戸内海に面し、大阪市や神戸こ通勤する人のベッドタウン。子どもの医療費の無料化や教育環境の整備など、子育て世代への支援を充実させているほか、障害者施策にも力を入れている。人口は2014年以降、4年連続で増加し、 17年7月時点で29万5296人。子どもの出生数も15年以降、2年連続で増えた。市によると、20代〜30代の子育て世代の流入が進んでいる。18年度からの中核市移行を目指している。