揺らぐ憲法―京滋の現場から
@9条 安保法 日本見る目変化 (6月7日)

 日本から1万2千キロ離れたアフリカ中部のブルンジ。世界長貧国のこの国で支援活動にあたっている認定NPO法人「テラ・ルネッサンス」(京都市下京区)理事長の小川真吾さん(41)は、安全保障関連法が成立した昨年9月、現地で活動するスタッフから「日本は欧米のように戦争に加担すべきではない」と言葉を掛けられた。

 ウガンダやブルンジで元少年兵や紛争被害者の自立に向けた職業訓練などを行っている。日本の立場と状況を知ってもらおうと、日米同盟や安保関連法を巡る動きを説明する中で、日本を見つめる世界の目の変化を実感した。

 アフリカはかつて、ヨーロッパの国々に植民地化され、豊富な鉱物や石油を巡って利権争いも繰り広げられた。各国の独立後も内戦が頻発。米国も自国の利益になる勢力に武器や資金を支援してきたとされる。

 「欧米の権益目的の介入や植民地支配が、紛争や国の分断を招いているという思いが、彼らにはある。アフリカに侵略や搾取をしていない日本に、彼らも好意的だ」という小川さんだが、「それが、変わるかもしれない…」と漏らす。

 こうした評価の源泉は憲法9条。1項で戦争の放棄を定め、2項は「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない」と戦力不保持を定める。一方、政権与党の自民党が2012年に発表した憲法改正草案の9条は平和主義を掲げながらも「我が国の平和と独立並ひに国及ひ国民の安全を確保するため、内閣総理大臣を最高指揮官とする国防軍を保持する」と軍隊保有を明記した。

 小川さんは、9条改正で軍事行動へのハードルがさらに下がると危惧。「米国の要請で他国を攻撃すれば信頼を失い、日本や日本人を狙うテロの危険性も高まる」と安全保障の観点から望ましくないと指摘する。

 京都府や滋賀県にも自衛隊の駐屯地が点在し、標的となる可能性がある。

 昨年の安保関連法案審議をきっかけに、立憲主義の在り方、安倍晋三首相のもとでの改憲への賛否など憲法を巡る議論が活発になり、市民団体や政党はそれぞれの訴えを浸透させようと活発な活動を進める。

 4日、市民団体が集まり京都市東山区で開いた「戦争法廃止・安倍内閣退陣!6・4京都大行動」集会では「憲法壊すな」「戦争する国、絶対反対」の声が飛び交った。参加した「憲法9条京都の会」(伏見区)事務局次長の寺内寿さん(68)は「安倍首相は憲法を無視している。参院選では改憲に賛成の勢力を少数に追い込む」と強調する。

 改憲に意欲的な安倍首相を支える保守系団体「日本会議」は全国に組織を持ち、関連団体が参院選後の改憲を目指して署名活動を進めている。京都北部支部の事務局長を務める会社社長梅原哲史さん(48)=綾部市=は、戦死した大叔父や国歌への思いから、国の誇りを取り戻そうと改憲を志した。「戦争をするために9条を改正するのではない。他国から攻められないようにするためだ」と訴え、護憲派と違う観点から、憲法に関する勉強会を開く。

 参院選を前に、憲法を巡るそれぞれの訴えに、一層力がこもる。 (岡田幸治)

 戦後の日本を形作ってきた日本国憲法は、今年の秋で公布70年を迎える。安倍首相は任期中の憲法改正を「悲願」とする。衆院で既に改憲勢力が3分の2を占める中、22日公示、7月10日投開票の参院選は、参院でも3分の2を確保し改憲の発議が可能になるかが大きな焦点だ。揺らぐ憲法を、京滋の観点で描く。


A地方自治 摩擦回避 国主導強まる (6月8日)

 5月24日、東京・霞が関の環境省大臣室。琵琶湖の保全・再生で要望に訪れた滋賀県の三日月大造知事(45)は「県として国の支援をいただきながら取り組みたい」と丁重な言葉遣いで述べた。笑顔で出迎えた丸川珠代環境相(45)は「万全の態勢で省庁が連携していく」。会談は終始和やかなムードで進んだ。

 元民主党衆院議員の三日月知事は2014年7月、自民党、公明党などが推薦した候補を破り初当選した。県政運営は難航も予想されたが、自公政権を刺激するような言動は自重する。知事が国と良好な関係を保っている姿に、県幹部は「以前とはまるで雰囲気が変わった」と漏らした。

 06年から8年間務めた前任の嘉田由紀子氏(66)は、税金の無駄遣いに斬り込む「もったいない」を掲げ政治の舞台に登場。国直轄事業の大戸川ダム(大津市)にも「効果が少ない」と疑問を突き付けた。

 08年8月には琵琶湖の船上で山田啓三京都府知事(62)、当時の橋下徹大阪府知事(46)と会談し、同ダムについて共同意見を提出することで合意。湖の水で乾杯した3人は半年後、建設中止を求める共同意見を出して、建設凍結に追い込んだ。慣例にとらわれない嘉田氏の手法は国との摩擦も生んだ。上京しても「大臣がいるのに敬遠され、面会できないこともあった」(県職員)。

 嘉田氏の知事時代は地方分権の流れのただ中で、09年に誕生した民主党政権は「地域主権が政策の一丁目一番地」とまでうたった。しかし、12年に自公が政権を奪還後、分権の動きは鳴りを潜め、国が主導する「地方創生」に取って代わられた感がある。

 時の政権次第で変わる地方の軽重は、現行憲法の表現に起因する側面もある。地方自治の意義や在り方には触れず、「地方自治の本旨に基いて」としながら「本旨」の定義も示していない。一方、自民党の憲法改正草案には「国及ひ地方自治体は、法律の定める役割分担を踏まえ、協力しなければならない」との条文があり、自治体の権能が制限されるのではないかとの危惧が出ている。

 自民の憲法改正推進本部起草委員会で幹事を務めた西田昌司参院議員(57)は地方分権について「自治体に権限や財源を移したことで、結局力のある東京がより強くなっただけだ」と効果を疑問視し、「国と地方は、家族のようにお互い助け合うべきだ」とも述べ、役割分担の重要性を指摘する。

 地方の側はどうか。全国知事会長の山田知事は、内閣法制局参事官だった1996年、自治体の行政執行権は憲法上保障されているとの長官答弁を書いた。憲法と地方自治の関係には思い入れが強く、現行憲法、自民党草案の双方について「地方自治の位置付けや、住民が自治を行う権利が不明確だ」と不満を示す。

 山田知事が、状況の打開に向け注目するのが参院の在り方だ。今回の参院選では人口の少ない鳥取と島根、徳島と高知の選挙区が合区され、地域間格差に歯止めがかからない。地方の声を国に届けるため、憲法改正で参院は「地域代表」の役割を待つと明確化する案を知事会は練っており、山田知事は「知事会内には反対もあるが、夏には意見としてまとめたい」と意気込む。

 定まらない国と地方の在り方を憲法でどう描くか。地方も動き出そうとしている。(高橋晴久、西川邦臣)


B家族 支え合い 義務化に懸念 (6月9日)

 「今日、コバヤシさんのところに行った」「どこ?」「皮膚科や」「それコイズミさんちやうん?」。テーブルを挟んで続く軽快なやり取りは、時にちぐはぐさもはらむ。会話の主は認知症の吉田民治さん(77)と娘の照美さん(41)。宇治市内で親子2人、暮らしている。

 民治さんは職場での事故後、52歳で頭痛や物忘れが起き、64歳で若年性認知症の疑いがあると診断された。身体的な介護は必要ないが、ものを勝手に食べたり、パジャマで外出しようとしたりし、晋段から生活面の管理が欠かせない。

 照美さん自身も腎不全で週3日は透析のために通院しており、入院することもしばしはだ。体調を崩し、自宅で倒れることもあるが、民治さんには看病できない。そんな時は、週末を除き城陽市内で入院している照美さんの長男(15)が急いでタクシーに乗り、駆けつけることもある。長男は読み書きに障害があり、病院に隣接する特別支援学校の病弱教育部に通っている。

 家族の支え合いはこれまで法律で明文化されていないが、自民党は改憲草案24条で「家族は、社会の自然かつ基礎的な単位として、尊重される。家族は、互いに助け合わなけれはならない」とうたい、義務に位置付けようとしている。

 かつて家庭内で完結していた介護や子育てに対する公的支援の需要は増し、厳しい国家財政を圧迫している。こうした流れの中で登場した改憲草案の「家族条項」には、社会保障を切り捨て、家庭に押し付けようとしているとの懸念がくすぶる。

 公的な福祉サービスは、支え合う家族にとっても生命線だ。民治さんは介護保険や障害者自立支援法に基うく福祉サービスを使い、デイサービスや訪問看護を利用しているが、人手不足でヘルパーが来られない時もある。「これ以上福祉サービスが縮小されたら耐えられない。家族だけでは、ふとしたきっかけで共倒れになってしまう」。

 照美さんは負担の重さにあえぐ。改憲草案が指す「家族」の形に疑念を抱く人もいる。

 JR大津駅から徒歩5分。アーケード街の一画に、依頼の大半が離婚相談という法律事務所がある。

 「家族だからと私の収入は家の収入とされ、働かない夫が勝手に私の名義で借金した」「共稼ぎだが、預金も家も夫名義」。明るい色の花が生けられた事務所の相談室では、「家」に縛り付けられた女性たちが次々と悩みを打ち明ける。

 所長の弁護士小川恭子さん(69)は長年、女性たちに寄り添ってきた。その経験を通じて、「なぜ憲法に『家族』を盛り込むのか。家長を頂点とする家制度の復活が狙いなのではないか」と感じる。

 全国の離婚件数は年22万件(2014年)。50年前に比べて3倍近くに上る。最近は、別れた配偶者と暮らす子どもも家族と思い、子どもと定期的に会う「面会交流」をめぐる相談が増えているという。「家族」のとらえ方は人それぞれで、婚姻届を出さない事実婚や、同性婚という家族もある。

 だからこそ、「家族の形は人それぞれで、国からとやかく言われるものではないのではないか」と小川さん。「民主主義の基本は個人の尊重。家族はあくまで『尊重される個人の集まり』であり、家ありきの家族では戦前に戻ってしまう」との懸念が頭を離れない。(笹井勇佑、小川卓宏)


C公益重視 自由の範囲 統制の兆し (6月10日)

 草津市のショッピングセンターで5月29日、憲法をテーマに投票するイベントがあった。個人の財産権と近隣住民の迷惑がぶつかる「ごみ屋敷問題を例に、個人の権利についての設問。「侵害すべきではない」を選んだのは41人。一方、「個人の権利は無制限ではない」は10倍近い380人に上り、投票用紙代わりのシールが回答枠いっぱいに張られた。

 ごみ屋敷に限らず騒音など、他人が迷惑と感じる行為に対して、個人の自由を尊重するだけでは解決できない問題が現実にある。イベントを主催した日本青年会議所滋賀ブロック協議会の企画責任者、長谷川康太さん(32)は「個人の権利の範囲や限界を、憲法で示してもよいと考える国民が少なからずいる」とみる。

 では、その物差しはどうあるべきか。国民の自由と権利を記した憲法12条は、制約要件について「常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ」と定める。一方、自民党の改憲草案では、この部分が「公益及ひ公の秩序に反してはならない」とされる。

 「公共の福祉」と「公益・公の秩序」。似ているようで異なる言葉の違いについて、弁護士資格を持つ自民党の高村正彦副総裁は「分かりにくいので置き換えただけ」という説明にとどめている。

 公共の福祉は個人の自由が原則で、権利がぶつかる場合に司法や立法などで調整するという考え方とされる。これに対し、公益は国益、公の秩序は支配層や多数派が望む秩序というニュアンスに近い。京都弁護士会憲法問題委員長の諸富健さん(43)は「自民党草案には、人権を制約する範囲を広げる意図が強く出ている。表現の自由などに影響が出るのではないか」と警鐘を鳴らす。

 公益や公の秩序を重視する空気が、文化を取り巻く環境を窮屈にもする。若者らがダンスを楽しむ「クラブ」で禁止されていた終夜営業が、昨年6月の風営法改正に伴い条件付きで認められるようになった。だが、2月に成立した京都府の条例では、京都市の紙園と木屋町の2地区だけに限定された。

 市内には紙園や木屋町以外にもクラブは数多くあり、条例案に寄せられた府民の意見は458件にも上った。大半は「許可する地域を再検討してほしい」「防音対策などをみて個別で許可を」と規制に反対する内容で、府議会での可決、成立後には、地域規制を柔軟に運用するよう求める署名約 3200人分も提出された。

 クラブは、国内外の音楽やダンス、アートを紹介する舞台装置として、海外の主要都市でもみられる「ナイトカルチャー」の場。文化の発信に一翼を担っていると自負する京都のクラフ関係者は「犯罪行為など目立った問題は少ない。新たな魅方を京都に作り出せる可能性に目を向けてほしい」と嘆く。

 中国の海洋進出や北朝鮮の核ミサイル開発など日本を取り巻く国際情勢が厳しいとして、安倍政権は国の情報管理を強める特定秘密保護法も成立させた。国益の名の下、政府は国会のチェックさえ十分行き届かない領域を確保した。

 日本企業の進出支援を通じて中国の政治事情を肌身で感じてきた京都府上海ビジネスサポートセンター顧問の藤原二郎さん(66)は、日中両国の経営者との会話や報道に接する中で「中国と違って政治的に自由なはずの日本でも統制が強まっている」と懸念を強める。

 拡大する公益と公の秩序が、自由を侵食しかねない。 (日山正紀)


D緊急事態条項 人権制限 命令権に困惑 (6月11日)

 のどかな田園地帯にサイレンが鳴り響いた。関西電力高浜原発(福井県)から5キロ圏内に入る舞鶴市杉山地区で行われた2014年8月の防災訓練。市の用意したバスに乗り込んだ松岡良啓さん(69)は、実際の事故を想像し、不安に襲われた。「こうやって助けに来てくれるバスの運転手は、本当にいるのか」

 福井県での原発事故時、避難対象となる30キロ圏内に京都府の12万8千人、滋賀県の1万8千人が住む。いずれもバス避難が基本だが、民間事業者には被ばくへの懸念もあり、運転手が確保できる見通しは立っていない。

 手段がない訳ではない。災害対策基本法は、輸送事業者に命令する権限を都道府県と市町村に認め、従わなけれは最高6カ月の懲役刑を定めている。しかし、東日本大震災でも発令した自治体はなく、1961年の法制定以降、「おそらく前例はない」(総務省消防庁)。府原子力防災課の松村嘉文理事(54)は「100人を助けるため1人に強制する。そんな大きな決断、府では無理だ」。同法で国に命令権はなく、自治体は人権への配慮で踏み込めないのが現状だ。

 自民党内では、大規模災害やテロ、武力攻撃などが発生した場合、人権を制限する「国家緊急権」を認めるべき、との考え方が出ている。先進国では広く認められ、昨年11月にテロが発生したフランスも発動し、軍や警察が令状なく、捜索を行った。日本の憲法に規定は無く、自民は改憲草案で「緊急事態の宣言が発せられたとき、内閣総理大臣は地方自治体の長に必要な指示ができる」「何人も国その他の公の機関の指示に従わなけれはならない」と明記する。多くの人命を救うためにはやむを得ないという考えだが、犠牲を強いる恐れもある。

 2012年に制定された新型インフルエンザ特措法にも、緊急権に似た条文が盛り込まれた。離島や中山間地で感染者が見つかった場合、国が緊急事態を宣言すれば、都道府県知事が感染地域の住民に外出禁止を要請し集落全体を「隔離」する。推計約2千万人が感染した09年の新型インフル大流行を受け、感染防止対策として法制化した。

 南丹市美山町の山あいに暮らす農業下田敏晴さん(66)は「府民全体の利益のためには理解できるが、逃げたいという住民でパニックになるかもしれない」と、複雑な心境を吐露する。

 自民の改憲草案に対し、過度な人権侵害が発生し、憲法が形骸化するとの批判が法曹界に根強い。ナチスドイツは、当時最も民主的とされたワイマール憲法の緊急権を乱用し、独裁を強いた。後に撤回したが、3年前に麻生太郎財務相が「(改憲についてはナチスの)手口を学んだらどうか」と発言したことも、不信感に拍車をかける。

 高浜原発30キロ圏にほぼ全域が含まれる舞鶴市。市内最大のバス事業者、京都交通舞鶴営業所には50人の運転手が勤務する。同営業所は東日本大震災の時、消防隊員らを宮城県まで運んだことがあるが、山守員之所長(40)は「原発事故でも助けに行きたいが、運転手の安全確保が大条件だ」と言い切る。

 では、危険な状態で、国の命令、指示が出ればどうするのか。

 「危ない所に行かせることはできない。断れないなら、私が代表して逮捕されるしかないですかね。他のバス会社も同じでしょう」。大型バスが並ぶ駐車場で、澄み切った青空をあおいだ。(竹下大輔)=おわり