多様なトピック「自分事に」 (2022年3月30日 京都新聞)

 来春から使用される高校教科書の検定結果が29日、公表された。さまざまなトピックも盛り込み、新学習指導要領が求める主体的な学びを促す。

多くの教科書でコロナ掲載

 今回検定に合格した高校教科書では、国語や社会、数学など多くの教科で新型コロナウイルスや関連する事象が取り上げられた。「子どもたちは“当事者”。自分事として学びを深められる題材」。教科書会社は、新型コロナの流行が社会に与えた影響に触れたり、コロナ禍で広がったオンライン学習と対面学習のどちらが良いかを考えさせたりするなど、随所に工夫を凝らしている。

 「世界的にも、生徒たちにとっても身の回りで影響を受けた出来事なので、載せなければいけないと考えた」。地理歴史と公民で申請した全ての教科書で新型コロナを取り上げた社の編集者はこう説明する。

 新型コロナに関する記述は科目によりさまざま。日本史探究や世界史探究では現代の諸課題の一つとして掲載され、地理探究では観光業、政治・経済では財政への影響が紹介された。

 論理国語では「コロナ後の都市のテーマは『衛生』ではなく『自由』である」などとつづった建築家の隈研吾さんの文章を読み、どのような「自由」が考えられるかを話し合うページが登場した。

 英語の論理・表現Uでは、「学校生活のニューノーマルを考える」をテーマに、オンライン学習と対面学習の利点と欠点を考えたり、文化祭の実施方法を話し合い、企画書をまとめたりする活動が盛り込まれた。

 生物や化学では複数の教科書がPCR検査やワクチンに関する記述を掲載。ただ、現在進行形の事象のためか、「(記述が)不正確」などとする検定意見も目立った。

 編集者や執筆者の多くが指摘するのが、新型コロナが「自分の考えを持ちやすい教材」だという点だ。前回は「日々状況が変わるので様子見」と扱うのを見送ったある社の編集者は、「一斉休校やステイホームを経験した子どもたちにとっては身近な話題」と、今回は掲載を決めた。

 執筆者の一人は「ワクチンや自粛要請を考える際、統計学や確率の知識が必要になるなど、コロナは文理横断的な事象。学びを深める際、自分事として考えやすいはずだ」と話している。  

18歳成人が登場

 成人年齢を20歳から18歳に引き下げる改正民法が4月1日に施行されることを受け、新たな教科書でも「18歳成人」が複数の科目に掲載された。金融や契約といった切り口で取り上げたり、英語で引き下げの是非について意見交換したりするなど、多様な活動が盛り込まれた。

 「成年を迎えるとあなたの生活はどのように変わるだろうか」。政治・経済のある教科書では「18歳からの社会参加」と題したページが複数登場。成人年齢引き下げの背景や、金融商品を購入する際にリスクとリターンのどちらを重視するかなどを考えさせる内容だ。

 論理国語では、改正民法成立の新聞紙面や内閣府の世論調査結果などを踏まえて、情報を表にまとめさせるほか、論点を整理する活動が盛り込まれた。

 英語の論理・表現Uでは、成人年齢引き下げについて賛否とその理由を考え、意見交換する活動が導入された。

論理国語に小説 合格

 国語の「現代文」は、実用的文章を学ぶ「論理国語」と小説などを扱う「文学国語」に分かれたが、「論理国語」で小説を掲載した教科書が合格した。新学習指導要領は読解中心の指導からの脱却を掲げ、一つの科目で扱っていた評論と小説を、「論理」「文学」に分けた。ただ現場では「大学入試に出やすい評論中心の論理国語を履修させるが、文学も教えたい」とのニーズは根強い。今回の教科書検定の結果からは、指導要領と現場の板挟みとなった教科書会社の苦悩が見えた。

 裁判の判決文、就職活動のための履歴書の書き方、会員制交流サイト(SNS)への投稿―。『論理国語』の教科書には評論の他に、これまでの現代文であまり見られない、実社会を意識した教材が並んだ。

 読む教材は「小説、物語、詩などの文学的な文章を除く」とした指導要領に厳密に従った教科書が大半だが、2社は小説を掲載。評論を読むための「参考」と位置付け、検定をクリアした。このうち桐原書店の担当者は「評論と関連付けられていないと何度も修正を求められたが、何とか掲載を維持した」と明かす。

 筑摩書房などは逆に「文学国語」で、論理的な文章の定番教材「無常ということ」(小林秀雄)を載せた。担当者は「文学国語を、すべての人文知の教科書と考えた」と言う。

 高校の国語は、今春入学の1年生から必修科目の「現代の国語」と「言語文化」、選択科目の「論理国語」「文学国語」「古典探究」などに再編された。

 小説などは「言語文化」「文学国語」で学ぶとされたが、主に1年次に履修する「言語文化」は古文・漢文も含む。大学入試の出題は評論と古文・漢文の割合が高いため、2年次以降は「論理国語」と「古典探究」を選び、文学を十分に学ばない高校生が増えるとの懸念が文学界や国語教員の間で広まった。

 そうした中、前回検定で、「論理国語」と同様に小説などを除くとされた「現代の国語」で、小説を多数載せた第一学習社の教科書が合格し、採択でシェアトップに。文部科学省は小説の扱いを「今後はより一層厳正に審査する」との教科書検定審議会の見解を発表したものの、「紳士的」に対応した他社には検定への不信が広がった。

 迎えた今回の検定。ある教科書編集者は「不合格は出版社にとって致命傷。指導要領を順守するのが筋だが、そもそも『論理』と『文学』が切り分けられるはずがない。最初から無理があった」とこぼす。

新聞記事、多くの多くの教科書に

 さまざまな教科書で新聞記事の読み比べや構成の説明などが取り上げられ、教育現場で新聞を活用するNIE(教育に新聞を)の実践を促している。

 「論理国語」のある教科書では、2019年2月に探査機はやぷさ2が小惑星りゅうぐうへの着陸に成功した際の実際の新聞記事を複数掲載。伝え方の違いを分析させるとともに、グループでの意見交換を促した。

 「公共」では1ページを使って紙面構成をイラスト付きで紹介し、情報の一覧性がある新聞の切り抜きを推奨した。フェイクニュースに惑わされないようファクトチェックの重要性が増しているとし、複数のメディアを比較するメディアリテラシーの重要性を説いた。

 「日本史探究」では東京電力福島第1原発事故に伴う避難によって荒廃した家屋から文化財を保護する活動を紹介した記事を掲載。「英語コミュニケーションU」では英字新聞の記事の構成を説明した上で、「読み進める際には全体を網羅的に読むのではなく、必要な情報を素早く読み取ることを意識する必要があります」と記した。

ジェンダー記述 理系科目にも

 魔王クッパに捕まったピーチ姫がマリオの助けを待つばかりで、自力で逃げなかったのはなぜか。理学部に進む女性が少ない理由は―。生徒に身近な話題などを通してジェンダーの問題を考えさせる記述が、理系科目を含む多くの教科書に盛り込まれた。

 文部科学省によると、性差に対する思い込みや性差別といったテーマは地理歴史や公民の教科書で特に多く取り上げられ、国語や英語でも目立った。

 論理国語には、人気テレビゲーム「スーパーマリオブラザーズ」で、主人公マリオが捕らわれのピーチ姫を助ける物語は「伝統的な男女の性別役割分業観に基づいている」とする文章だ掲載された。姫が自ら脱出するといったシナリオも考えられるはずだとし、「違う角度から世界を捉える視点に接することは、新鮮な驚きをもたらすと強調した。

 多くのページを数式が占める物理でも、日本では大学で物理学や数学を学ぶ女性が少ないとするデータが特集で掲載された。理由として、こうした学問に求められる計算力や論理的思考力が男性的な力だとのイメージが広まっていることがあると紹介。実際は男女差はないと考えられているとし、「特定のクループが勉強をしにくい環境は改善をする必要がある」と指摘した。

 世界史探究では、古代ローマ、唐の時代の中国、近代日本など、さまざまな地域や時代における女性の社会的地位や権利獲得の動きを随所に記した。

 ジェンダーの問題への注目が高まり、教科書全体の編集方針にも変化が生じている。ある教科書会社の編集者は一例として「取り上げる人物の性別が偏っていないかどうか、細かく配慮するようになった」と話す。

 一方、英語の「論理・表現U」では「冷蔵庫と洗濯機の発明は社会、特に女性にとって最大のインパクトを与えた」「それらがなければ多くの女性は家事で忙しすぎて家の外で働けなかっただろう」という意味の英文に「家事は女性の役割と誤解する恐れ」と検定意見が付き、修正された。

地歴「ロシアのクリミア編入」ウクライナ侵攻追記か

 ロシアによる侵攻が続くウクライナに関し、地理歴史や公民の教科書は2014年のロシアによるクリミア半島の強制編入など、両国の情勢を取り上げている。ただ、今年2月に始まった侵攻については編集が間に合っておらず、一部の教科書会社は来春の使用開始までに記述を追加するための「訂正申請」の手続きを検討する見通し。

 地理探究の1冊は「混迷が続くウクライナ情勢」というコラムを掲載。国土の位置関係や資源を巡るロシアとの関係に触れ、クリミア強制編入については「(ロシアは)併合を宣言したが、国際社会はこれを強く非難しており、対立が続いている」とした。

 世界史探究には「ロシア大統領プーチンは、ウラジーミル1世がこの地で正教に改宗したことなど、歪曲されがちな歴史的記憶をもとに編入を正当化し、編入が国際法違反であることには口をつぐんだ」と批判的な記述もあった。政治・経済では、北大西洋条約機構(NATO)が近年、東欧諸国などへの拡大を進めていると説明した。

 今回の教科書は約1年前に検定申請されたもので、文部科学省は「訂正申請での追記が可能」とする。教科書編集者からは「最新の事象があると評価されるので、申請が必要になるだろう」との声も出ている。

 ウクライナ以外で反戦や平和がテーマの題材も多く、アフガニスタンで人道支援に取り組んだ故中村哲医師を取り上げた英語の担当者は「授業で議論する際に、ウクライナ情勢を関連付けてもらえたら」と話している。

領土問題指導要領従い「固有」明記

 領土について扱う「地理総合」「地理探究」「公共」「政治・経済」の合格した全11点が、北方領土、竹島(島根県)、尖閣諸島(沖縄県)について、新学習指ぞ要領に従い「日本固有の領土」と明記した。「日本史探究」の一部や地図でも、北方領土で同様の記述があった。

 「地理総合」の教科書では、竹島を「自国の領土」とした部分に「わが国の立場に照らして、生徒が誤解する恐れがある」と意見が付き、「日本固有の領土」と修正された。文部科学省によると、「固有の領土」とは、いまだかつて他国の領土になったことがないことを示す。「日本史探究」では、日本の領土画定を扱うため、全7点が北方領土、竹島、尖閣諸島を取り上げた。うち3点は北方領土を「固有の領土」とした。