「性」問う 教員の挑戦

(上)指導要領捉われず(12/4)

(中)同志社中学の実践(12/11)

(下)京の取り組み例(12/18)

 「交際って何?」「好きな人と付き合ったら、手をつないで終わり?」。京都市西京区の大原野中。2年生の教室で教員が生徒に問いかける。教室の後ろには保護者や近隣小学校の教員がずらり。生徒は恥ずかしがりながらも、「デートする」「ハグする」など質問に答えた。

 11月に行われた性教育の公開授業。デートDV、性的同意、妊娠―。交際から性交に至る過程で起こりうる問題とその対処法を、率直な言葉と避妊具を用いて丁寧に教える。中学生は性への興味が高まる時期で、交際相手と健全な関係を築き命を守るために、知っておくべき知識と言える。

 ただ、日本の学校ではこれまで、国の方針で性交を取り上げる性教育を避ける傾向が続いてきた。同中の授業も、京都市立中では初めての取り組みだ。

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 近年、包括的性教育の大切さやジェンダー平等が強調されるようになり、学校でも性を扱う授業が広がりつつある。京都で特徴的な実践を重ねる教員と学びを深めていく生徒たちの姿を、教育のページで3回にわたって紹介する。(大西幹子)

【包括的性教育】生殖の仕組みや性感染症の予防にとどまらず、人間関係や性の多様性、ジェンダー、幸福などを発達段階に応じて幅広く学ぶ性教育。国連教育科学文化機関(ユネスコ)が作成した手引きがあり、海外では学校で必修とする国もある。

(上)指導要領捉われず (12月4日)

 京都市西京区の大原野中で行われた性教育の授業は、「特別活動」の時間を使って2時間連続で行われた。前半は交際における人間関係、後半は性行為を扱った。

 三觜(みつはし)なつ美教諭が最初に見せたのは、生徒を対象に実施した交際に関するアンケート結果。「好きな人と特別な関係になりたいと思っている人は半数以上いました。自然な感情だけど、二人だけの世界をつくっていく交際つてリスクもある」

 その典型として、独占欲から相手の交友関係を制限したり自分の欲しいものを買わせたりするカップル間の暴力「デートDV」を取り上げた。自分が加害者にならないためにはどうすべきか、ワークシートを使って生徒に考えさせた後、被害に遭ってしまった場合の対処法も紹介した。

 授業のテーマはスキンシップや性交へと展開する。三觜さんは性交の仕組みを説明した上で問いかけた。

 「人間は愛情表現や快楽のためにもセックスをする。じやあ付き合ってどれくらいでセックスしていい?それを決めるのは誰?」

 「自分たち」。生徒が口々に答える。

 「そう、二人で決める。けれど愛はセックスとイコールではありません。好きでも断ってよいし、相手はその意思を尊重しなければなりません」

 妊娠目的でない性交では、避妊が必要なことも伝える。ここでコンドームメーカー「オカモト」の社員が講師として登壇。性感染症予防などについて講義した後、全員にコンドームを配布。生徒は男性器に見立てた器具を使って正しく装着する練習を行った。

 授業を終え、生徒や保護者はどう感じたのだろうか。ある男子生徒は「付き合っていても体に触れる時は、同意を得ないといけないと分かった」と振り返り、母親は「今は性の情報があふれ低年齢化も問題になっている。学校でここまで教えてもらえていると分かってよかった」と話し た。

 担当した三觜さんは数学科の教員だ。心と体、人間関係を学ぶ性教育の大切さを認識するようになったのは、4人の子育ての経験に加え、生徒との関わりの影響が大きい。

 中学生ともなると性に関する言葉を発したり、交際したりする姿が見られるようになる。同中では性の多様性や命をテーマにした人権教育を進めてきたこともあり、三觜さんは生徒に出産経験を語るなど性については比較的オープンに話していた。すると生徒たちの方から、性の悩みや疑問を伝えてくるようになったという。

 「大人が隠さず教える姿勢を見せれば、生徒が性の問題で困った時に大人に相談でき、一人で抱え込まずに済むと思った」と三觜さんは語る。

 ただこのような取り組みは全国的にも少ない。中学校の保健体育の学習指導要領では性交について扱わないこととされており、多くの学校では踏み込んだ性教育が避けられてきたためだ。

 デートDVやリベンジポルノ、性虐待などが社会問題化する中、文部科学者は「生命(いのち)の安全教育」という性暴力を防ぐ教育プログラムを推進しているが、ここでも予期せぬ妊娠はどのようにして起こるのか、性行為の被害実態はどのようなものかといったことまでは触れられていない。

 三觜さんは今回の授業をするにあたり、保護者や小中学校の教職員を対象とした性教育の研修会を開くなど、地城の理解を得ながら準備を進めてきた。「子どもたちの命を守ることの土台に性教育があると思う。重要性が認識され、ほかの地域にも広がってほしい」と未来を思い描く。


(中)同志社中学の実践 (12月11日)

 黒板には大きな文字で「さわやかに、おおらかに、科学的に! ステキな関係性を築くために」と書かれている。「性交、妊娠」などの文字も。その前で、「なべやん」の愛称で親しまれている同志社中の理科教諭田邊利幸さんは生徒に語りかけた。 (大西幹子)

 「同志社出身の国会議員、山本宣治さんは日本で初めて本格的な性教育を行いました。そしてなべやんの先輩の先生も、性について授業で話してきた訳です」

 戦前、治安維持法に反対 し39歳で暗殺された山本宣治は、生物学者として同志社大で性教育を実践したことでも知られる。「産めよ、殖やせよ」の国策のもと多産で生活苦にあえぐ労働者を救うため、産児制限運動にも取り組んだ。

 同志社中での性教育授業は、山本宣治の志に触れた理科教員たちによって半世紀前から続いてきた。

 3年生の理科に、生物学の視点で人生を学ぶカリキュラムを設けており、その中で性教育を扱う。時代に合わせて改訂を重ねてきたオリジナルテキストには二次性徴からデートDV、妊娠、ジェンダー問題といった幅広いトピックが、多角的なデータとともに紹介されている。

 11月の授業で田邊さんは、性行為や性の多様性について取り上げた。生徒に性交の目的について議論させた後、カナダの小中学生向けビデオ教材を紹介した。「海外では小学生のうちから、今から見る内容の性教育を受けているということを覚えておいてください」

 タイトルは「So,that’s HOW!(日本語版・あ、そうなのか!)」。約15分のアニメーションで、複数の子どもたちが会話を通じ、生殖器や妊娠、出産の仕組みを学んでいくストーリーだ。単に知識を伝えるだけではない。コミュニケーションのための性交があることや、人から体を触られた時に自分が抱いた感情をどう理解するかといった性暴力の問題につながる内容まで、深く描かれている。

 生きる上で性とどう向き合うべきか、日本の性教育は海外から見てどの地点にあるかを、理科で考えるユニークな授業。ただ田邊さんは「私立だから続けてこらねたのかもしれない」と振り返る。

 日本では、性教育を実践した公立校の教員はしばしば非難されてきた。

 有名な例が、東京都教育委員会が教員13人を処分した都立七生養護学校事件だ。教員は知的障害のある生徒らに、歌や人形を使って男女の体の仕組みなどを教える授業をしていたが、2003年に視察した都議が「感覚がまひしている」と糾弾。都教委も不適切な教育だとして教員を厳重注意処分とした。

 18年にも東京都足立区の公立中で行われた妊娠や避妊、人工中絶に関する授業が、性交を扱わないこととする保健体育の学習指導要領に照らして不適切だと都議から非難されている。

 七生養護学校事件は訴訟に発展し、裁判所は一方的な都議の非難が「教育への介入で不当な支配に当たる」と認めたが、これらの動きは学校現場を萎縮させた可能性が指摘されている。田邊さんは「思春期は心身の変化が大きく、交際や性活動も活発化する。自分自身や周りで何が起きているのかを科学的に理解すれば、生徒は安心してこの時期を過ごせる。だから教員がひるまず教えることが大切なんです」と強調する。

 授業後、ある女子生徒が記者にこう話した。「小学校の時、先生が女子だけを集めて生理とかの話をした。その印象が強くて性は隠すものと思っていたけど、こうやって男女一緒に明るく学べば普通のことだと思えて安心できる」


(下)京の取り組み例 (12月18日)