改革 競争 揺れる学びや
今月4日、京都市上京区の鴨沂高で開かれた2022年度入試の学校説明会。4回目の開催にもかかわらず、1日で計約570人もの中学3年生と保護者が訪れ、関心の高さをうかがわせた。
先月発表された京都府内公立高の22年度入試前期選抜の倍率状況で、鴨沂は普通科A方式が7・65倍とトップ。「校舎がきれい」「人気があるから」。参加した中学3年生たちは訪れた理由をそう明かした。
一方、ある府立高は22年度入試前期選抜の倍率が1倍を切った。近年は定員割れが続いており、校長は「立地が駅に近くなく、私立高にも流れている」と苦境を打ち明ける。
この高校も手をこまねいているわけではない。2年前から他府県の高校に教員を派遣するなどし、柔軟な教育について研究する。思い描くのは卒業に必要な単位数を減らし、浮いた時間でより地域や人と関わって人間性を育てられる高校だ。学校の未来像を語る校長の言葉に力がこもる。
「生徒には将来につながる高校時代を送ってもらいたい。地域とも密着し、生き残りたい」
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高校が変わろうとしている。京都府や滋賀県では本年度、公立高の在り方を考える会議が開かれ、文部科学省も普通科の改革を促す。足元では高校間で格差が開き競争も激化する。私立高や通信制高の志願者も増えている。背景には何があり、高校はどこへ向かおうとしているのか探った。(三村智哉)
@生徒獲得競う公立高(2021年12月12日 京都新聞)
近年、少子化か進む中、高校は「選ばれる学校」を目指して特色を打ち出す。立地がよい高校や進学校は志願者が多く集まる一方で、一部の高校では定員割れが続く。京都府内の公立高の生徒獲得に向けた取り組みを追うと、「何のための高校か」という問いが浮き上がってくる。 (三村智哉)
「16期生は過去最高の進路結果を残してくれました」11月上旬、京都市中京区の西京高で行われた学校説明会。岩佐峰之校長が今年3月の卒業生から33人の京都大合格者が出たことを念頭に話すと、ホールを埋めた中学3年生や保護者たちが熱心に聞き大った。
岩佐校長は「ただ大学に何人通ったではなく、この学年は自分のやりたいことは何かを追究し、あきらめず挑戦する生徒が多かった」と続け、好きなことを見つけて懸命に取り組み、楽しい高校生活を過ごしてほしいと呼び掛けた。
同高は例年、前期選抜の倍率が2倍を超え、この日も計約800大が訪れた。参加した中学3年生の女子(15)は「何となく『御三家』に行きたいと考えてきた。来てみると雰囲気も明るく入りたいと思った」と語り、40代父親は「みんなで一緒に頑張れる環境が子どもの成長に良さそう」と笑みをこぼした。
大学進学率は上昇
京都府内の入試制度は戦後、「15の春は泣かせない」と居住地で合格校を割り振る総合選抜が続いた。その後、大学進学率の低迷などが問題視され、1985年度入試から普通科に類・類型を設置して特色を細分化。その後、高校ごとに合否を決める単独選抜が一部で始まり、2004年度には山城通学圏全体に、14年度に京都市・乙訓通学圏に導入されて「過去の制度からの脱却がいったん完成した」(府教委)。
各高校は「待ちの姿勢」から「選ばれる高校」へと特色の打ち出しや積極的に発信する姿勢に転換。府立高生の四年制大学への進学率は21年3月卒業生で60・3%と過去最高となった。保護者からも「自分で高校を選べるのはいいこと」(東山区の30代母親)との声が出る。
総合選抜の時代は「公立では難関大学に進学できない」ともやゆされたが、嵯峨野、堀川、西京の3高校は毎年、難関大合格者を多数輩出し、「『御三家』は確固たるポジションになった」(塾関係者)とされる。
全中学を行脚
22年度入試の前期選抜で普通科A方式の倍率が7倍を超えた鴨沂高(上京区)も、かつては「志願者がそこまで多くはなかった」(市立中教頭)が、14年度の単独選抜の導入を契機に地域に信頼される学校づくりを目指した。教員が通学圏内の全中学校を回り、丁寧に高校の考えを説明。校舎の建て替えやそれに合わせたICT(情報通信技術)設備の導入なども相まって志願者が急増した。
現在も年4回の学校説明会前には教員で分担して全中学校に足を運び、出身生徒の状況などを話す。「いっでも見に来てください」と学校は常に公開する。
単独選抜導入当初から携わる同高の足立有美教諭は「中学は送り出した生徒がどう過ごしているか心配しており、中高の連携が大事と考えた」と振り返る。「倍率だけが全てではないが、大事なことは不本意に入学する生徒を減らすこと。中高でもっと幅広く情報交換すれば不本意な入学を減らせるのではないか」と語る。
近い学校行げず
ただ課題も指摘される。ある私立高関係者は「高校受験の競争が激しくなった。それが公立の役割か」と冷ややかに語る。別の府立高副校長は「人口が多く通学が便利な高校に生徒が集まるようになった。偏差値で輪切りにして高校が選ばれるようになった」と立地や学力層で高校が序列化してきた点を指摘し、「教育の成果は進学実績だけでは測れない。自分のやりたいことができ、満足度を上げることだ」とする。
府立高校教職員組合は「高校に競争原理が導入され、格差が広がってきた。選ばれない学校では入学した生徒の自己肯定感が下がったり、学びへの意欲が低下したりする。また通学圏が広がったことで地域に根差した学校でなくなり、『近くの高校に行きたい』という中学生の願いがかなえられなくなった」と課題を挙げる。
実際、定員割れをする府立高からは「部活動などグループ活動ができなくなる」との声が漏れる。毎年、定員募集に苦労するという府立高の校長は「成績だけでなく、生徒の自己肯定感をどう高めるかが課題」と明かし、「行事などさまざまな経験を通じて生徒の充実感を高めたい」と語る。
中教審が1月に出した答申では、各高校が存在意義や社会的役割を明確にすることが盛り込まれ、「大学受験のみを意識したものや、学校間の学力差を固定化・強化する方向で検討するべきではないことに留意が必要である」とも記載された。国は現在、学校運営の方向性を示す「スクールポリシー」の策定を求めており、全国の高校で学ぴ方を問い直す作業が本格化している。
府教育委員会の橋本幸三教育長は「高校が明確に序列化しているとは言えない。いろんな生徒を受け入れ、難関大、学び直し、職業教育などさまざまな進路希望の実現を支えるのが公立高の役割だ」と理解を求め、「もっと魅力を高め、それを伝えて公立高を選んでもらえるようにしたい」と強調する。
独白の取り組み 変革を模索 朱雀
偏差値などにとらわれず、独自の取り組みで定員割れを脱した高校もある。
「進路未定が減ってきた」。京都市中京区の朱雀高の山本哲嗣校長は生徒たちの変化を実感する。
同高は2019年度、「朱雀プライド計画」と銘打った活動を開始。「コース制の導入」や「自由服から制服への変更」、「部活動の活性化」の三つを柱に据えて改革に取り組んだ。背景には生活指導の増加や定員割れがあった。
コース制によって、基礎学力の定着や大学進学など生徒にやるべきことや将来をしっかり考えるよう促し、制服によって落ち着いた雰囲気の定着を目指した。部活はボランティア部を新設するなどし、学校で楽しく過ごせるようにした。現在は進路を意識する生徒が増え、定員も充足するようになったという。
山本校長は「中学3年生の時の力で全てが決まるわけではない。生徒にはいろんな活躍の場を与え、伸びてもらいたい。そのためには学校が安心、安全な場である必要があるため生活指導をする」と説明する。
その上で「公立の魅力は多様性。均質な集団にすると、しんどくなる子どもが出てくる。同調圧力が低い方が個々は伸びる。高校にヒエラルキーがあるとすれば、そこから出た学校にしたい。朱雀の伝統である『自由さ』は残しつつ、いろいろな子どもを受け入れる学校でありたい」と力を込めた。
多様な価値観に対応を
京都府や滋賀県の高校F教育の実情に詳しい佛教大の原清治教授(教育社会学)の話
大学進学に特化した高校でもニーズがあれば応えるのが公立の使命。他の子を切り捨てず受け入れる高校があればいい。ただ、大学進学率が高くても、高校生たちが何に向いているかという自分の特性を認識し、どこに行き、何を学び、どう生きたいか、考えていなければ意味がない。
これからの高校は多様化する生徒の価値観に対応していくことが求められる。序列化すればしんどさも出る。これからは同じ学力層が集まる高校の中でも選択肢を増やして多様性を生み出していくことが大事ではないか。
A私立か公立か (2021年12月19日 京都新聞)
京都府内で私立高への進学率が高まっている。背景には、私学助成の充実のほか、中学3年生の考え方の変化、各校の特色ある取り組みがある。一方の公立高は危機感を募らせ、学校変革に打って出る学校も現れている。(三村智哉)
「豊富な指定校推薦枠 関関同立43名」「(系列大学へ)100%進学保証」
11月下旬、京都市下京区で開かれた私立中高の入試相談会。府内の私立高がブースを出し、中には大学進学のしやすさを掲示してアピールする高校もあった。
最近の高校選びの特徴は「安定性と楽しさ」(塾関係者)といわれる。安定性とは、大学の入りやすさと、高校入試での合格可能性の高さ。楽しさとは、文化祭や行事などで明るく高校生活を満喫できることだという。
実際、相談会に訪れた西京区の中学3年男子は「(高校選びは)指定校推薦など大学との関係がメイン。高校生活を楽しみたいから」とさらりと語った。「大学まで見通せれば保護者は出費の計画が立てやすい」(同)こともあり、大学付属高や推薦枠が多い私立高が生徒らの目に魅力的に映っているようだ。
府内で全高校生に占める私立高生の割合は20年度で46・5%。11年度の39・1%から大きく上昇した。背景を探ると、さまざま要因
が絡んでいた。
高校入試に対する考え方の変化もその一つ。最近は、3月の公立高中期入試まで挑戦せず、2月の公立高の前期入試や私立高の入試結果で進学先を決める受験生が増えている。早く決めようとする「安定志向」が、私立高への流れを強めている。
私立高での学費補助も大きい。府独自の「あんしん修学支援制度」は、年収590万円までは国の就学支援金(39万6千円)に府が上積みし、年間65万円まで助成される。府私立中学高等学校連合会は「学費の面であきらめなくてもよくなった」と歓迎する。
私学独自の教育の特色もある。毎年、志願者が3千人を超える大谷高(東山区)。梅垣道行副校長は「主体的な学びを大切にしている」と明かす。文化祭など行事は生徒の考えを尊重し、校内のルールも自主性を育む内容にしているという。「それが『大谷は楽しい』という声につながっているのではないか」と推測する。
一方、危機感を強めるのは公立高だ。先月発表された府内中学3年生の進路希望調査では、全日制公立高の志望割合は54・6%と過去最低を更新した。
私立高が多い京都市内や府南部の府立高からは「学費の面で公私の差が縮まれば、生徒は設備の良い私立に流れる」との声が聞かれる。別の学校関係者は「亀岡市など丹波地域でも京都市内の私立高に通う生徒が増え、地元の府立高に影響している」と明かす。「府は私立助成に支出するなら、府立高の校舎整備にも予算を付けてほしい」との恨み節も漏れる。
府教育委員会は「まず中期入試まで受験してくれるほど、公立高の魅力を高めることが大事」とし「公立高に行きたいのに入試時期で私立高を選ぶ生徒がいるとすれば、制度に課題がある」とも語った。
苦戦の公立高、多様性に活路
特に京都市内の公立高は近年、私立高との競合によって生徒獲得に苦戦し、改革を模索する学校も現れている。
伏見区の東稜高もその一つ。「ゼロベースから新時代の高校を作るくらいの発想をしてほしい」。今月14日に開かれた部長会議で、高橋文正校長は集まった教員たちに熱く協力を求めた。
同高は近年、定員割れが続く。私立との競争以外にも、少子化、立地の不便さ、中学生への発信不足など苦境の原因はいくつもあ
る。「大胆に変えないといけない」(高橋校長)と学校改革に着手した。
会議では若手中心のプロジェクトチーム立ち上げを決定。アイデアを出し合い、来年度からの導入を目指す。目指すのは「楽しさを感じる」「教え込むのではなく生徒が自ら学ぶ」「生徒が選択できる」学校だ。
高橋校長は「偏差値の競争の中には入らず、多様性のある学校にしたい。生徒は学力だけでなく部活動や芸術など伸びしろがたっぷりある。教員はそれを伸ばすコーチやファシリデーター(促進者)になるよう、古い考え方を変えていきたい」と力を込めた。
過疎化が進む地方の高校は、生徒募集に苦戦する。さらなる子どもの数の減少が予想される中、生徒の獲首競争の末に、廃校ともなれば地域への打撃が大きい。各高校は地域との結びつきを強め、特色化や生徒募集の工夫などで生き残りを図ろうとしている。
加悦谷 町が「コーディネーター」配置
「先生、これはどうしましょうか」。京都府北部、与謝野町三河内の加悦谷高(宮津天橋高加悦谷学舎)の職員室で、「高校魅力化コーディネーター」の長谷川夕起さんが藤田浩校長に相談した。
長谷川さんは、同高の活性化に向け、町が2019年度から雇う「地域おこし協力隊」の一員。職員室に常駐し、広報活動のほか、地元の社会人が生徒に講演する活動の調整など、地域と学校の橋渡し役も任されている。藤田校長は「学校に新たな風を吹き入れてくれている」と感謝する。
町は大学入試の総合型選抜(旧AO入試)や推薦選抜をサポートするための講師派遣なども行っている。本年度はそれらを「高校魅
力化推進事業」として956万円を予算化した。
同高は京都府立。府の所管なのに、なぜ町が高校の職員配置や生徒の受験対策にまでお金を出すのか。「地域の思いをくんでもらい、学校を残してもらったから」。町教育委員会の井崎洋之係長は語る。
丹後地域は生徒数の減少が著しく、16年に府立高の再編議論が始まった。加悦谷高の卒業生らが存続を求める要望書を府教委に提出するなどした結果、「宮津高と加悦谷高」、「網野高と久美浜高」は一つの高校とし、各高校は学舎(キャンパス)として残す案が同年に提案され、20年度から導入された。
町は議論を受けて17年度から「残された加悦谷高を応援したい」と魅力化事業を開始。モデルは、島根県の離島にある隠岐島前高。
廃校の危機にあったが、生徒を全国募集する「島留学」やコーディネーターの配置などで生徒数の増加を実現させていた。
加悦谷高も19年度は定員割れしたが、20、21年度は埋まった。藤田校長も「地域との連携が深まり、学校の発信力が高まった」と学校の変化を実感する。
井崎係長は「かつて町と高校は近い関係ではなかったが、一緒に地域をつくっていく雰囲気になってきた。社会に出る直前の高校生の時に地域を知ることで、いずれ地元に戻ってきてもらいたい」と希望を語る。
取り組みは近隣にも伝わり、京丹後市は19年度から市内の府立高にコーディネーターを配置し始め、現在は峰山、丹後緑風、清新の3校に広がる。市は「高校生が地域を学ぶ支援をすることで、将来地元に帰ってきたり、帰ってこなくても市と関わり続けたりしてもらいたい」と期待する。丹後地方は今後も人口減少が予想される。井崎係長は「前回の再編議論の時は心ある人が存続に向けて声を上げてくれたが、これからは町として学校が地域に必要なんだという状況をつくっていきたい」と語る。
北桑田 在り方議論機に特色次々と
ストーブのたかれた教室。生徒たちが前方に置かれたモニターで予備校講師の講義を見ながら、黙々とノートを取っていた。
京都市右京区京北の北桑田高が2018年度から行っている予備校の映像授業。有料で、7限目に実施している。2年の小野陽菜さん(17)は「授業の予習や復習ができていい」と話す。
きっかけは17年に起きた同高の存続議論。定員割れが続く中、京都府教育委員会などが同高の在り方を話し合った。地域の要望を受
けて存続が決まり、活性化に向けたアイデアの一つが予備校の授業だった。
徳廣剛校長は「当時、京都市内まで1時間かけて親の送迎で塾や予備校に通う生徒もおり、時間の有効活用につながると考えた。予
備校の指導は大学受験に特化したものだと考え、公立高で行うことに抵抗感もなかった」と話す。
同高では存廃議論の後、次々と特色化を打ち出す。自転車競技部への入部を前提とした生徒の全国募集▽通学圏が違う京都市内の中学生でも受験できる入試枠の拡大▽公式戦ができるボルダリング施設の整備▽好きな種目ができる部活動「フリースポーツクラブ」―などを始めた。
地域の支援もあった。18年には地域住民が約1300万円を集めて同高に寄贈し、予備校の講座や施設・備品の整備に充てられた。今でも毎年、後援会が同高に寄付している。
現在、普通科と林業系専門学科「京都フォレスト科」とも生徒数は定員を満たしていないものの、他府県から入学する生徒は増え、国公立大の合格や公務員への採用など進路実績も安定してきたという。
徳廣校長は、かつて旧美山町と旧京北町が同じ北桑田郡だったことを挙げ、「それぞれ合併で南丹市、京郎市になってから交流が減っだが、高校に北桑田の名が残り、学校行事などで両町の住民が顔を合わせている。廃校になれば交流がなくなる」と危ぐする。
徳廣校長は17年度に赴任し、20年度に定年退職後、再任用された。しばらく京都市西京区から通っていたが、今春、北桑田高の近くに引っ越した。家は卒業生に設計・施工してもらい、ログハウスの物置小屋は京都フォレスト科の生徒が建築に携わってくれた。
「地域からは赴任当初、『学校を整理しに来た』と思われていたようだが、『こんな特色があって素晴らしい学校はない』と自治会
を回って新たなアイデアを説明した」と明かす。「元々この地域が好きで、元気になってほしい。住民の高校への思いは強く、廃校になれば地域が一気にしぼむ。残すためには、徹底的に特色化を図り、発信し続けないと」と力を込めた。
少子化が進む中、各高校は公立、私立ともに生徒の獲得に向けて前のめりになっている。ただ限られた子どもの奪い合いになれば、高校間の競争がさらに激化する恐れもある。その前に子どもの目線に立ち、時代に合った高校の在り方を公私で連携して考えるべきだという機運が高まっている。
昨年夏、近畿の高校入試関係者がざわつく出来事があった。一部の私学が入試日程の前倒しを検討しているとの話が広がったからだ。中学校長会が「入試日程の早期化防止」を要望するなどしたため立ち消えとなったが、一部でも早まれば前倒しが広がる可能性もあっただけに教育委員会などに緊張が走った。
京都府公立中学校長会の岩場利知会長(東宇治中校長)は「少子化で、早く生徒を確保したい高校の気持ちも分かるが、入試の早期化がエスカレートすると中学3年生が落ち着いて進路を考えたり、勉強したりできなくなる」と懸念する。
ただ、入試日程の前倒しが浮上するほど、生徒数が経営に直結する私立高は危機感を強めている。
「114年の歴史があり、この灯を消すわけにはいかない」。府北部、宮津市にある京都暁星高の玉手健裕校長は力を込める。
同高は1907年創設のカトリツク系私立高。普通科で進学や福祉、情報のコースがあり、少人数で丁寧な教育を売りにしてきた。4年ほど前までは生徒数が3学年で計約200人いたが、丹後地方の急激な少子化の波を受けて現在は約140人にまで落ち込む。
一方、同地域の府立高は2020年度から4校が2校に統合するも「学舎制」が導入され、各校舎は存続した。玉手校長は「子どもの数は減っても府立高の数は減っていない。私立高には自治体の補助もなく、節約して乗り切っている」と不満を漏らす。その上で「学校規模が小さくなると生徒はさらに離れていく。もっと丹後全体での公私の適正な高校の配置と規模を考えるべきだ」と訴える。
丹後地域は深刻な少子化が一歩先を進むが、それは府内の各地域のいつか行く道でもある。
府内の公立中学3年生の人数は1987年の4万人から2020年には1万9千人にまで半減した。一方でこの間、府立高の数は
48校とほぼ変わっていない。30年には中3生が1万7200人にまで減るとも推計されている。府教育委員会は「学校の数や規模をどうするかという議論は避けて通れない」と言い切る。
そこで京都府内の教育環境を考える上で鍵となるのが「公私」の連携だ。
府内の20年時点の高校数は、公立59、私立40、国立1と計100校で、私立高の割合は40%と、全国では東京都に次いで2位。1960年代以降の高校生急増期には私立高も受け皿となるなど、府内の公教育は公私で担ってきたとの考えが教育関係者の根底にある。
2011年にあんしん修学支援制度を拡充するなど府知事時代に私立高生の学費支援に力を入れた山田啓二京都産業大教授は「京都は私立高の生徒が多く、リーマンーショツク後の経済的な理由で高校をあきらめる事態を防ぎたかった」と振り返り、「公私がそれぞ
れ囲い込みを考えれば、子どものことは誰が考えるのか。多様化する生徒のニーズを満足させること、地域をつくる高校の役割を守
ることの二つの視点で高校の在り方を考えるべきだ。そこに公立、私立もない」と強調する。
府教委は昨年12月、府立高の22年度から10年間の計画を定めた「在り方ビジョン(仮称)」の中間案をまとめた。そこでは府立高
で定員の未充足数が近年増えていることや、少子化が進行することを見据え、府立高の再編や入試制度の見直しを検討すると明記。私立高との関係についても「中学校卒業者数の減少が続く状況は共通する課題。公私協調による公教育の充実に向け、公私の役割について建設的に議論していく必要がある」と言及した。
グローバル化の進展やAI(人工知能)などの技術革新、新型コロナウイルスの流行―。ビジョン案では「変化を前向きにとらえ、主体的に行動し、よりよい社会と幸福な人生を創り出せる人」を育むため、府立高の数を生かした高校間「留学」などに新たに取り組むとした。人口や社会が縮んでいく時代に、どう生徒のニーズに対応した多様な教育を提供していくか。知恵と工夫が問われている。
府私立中学高等学校連合会の佐々井宏平会長(京都先端科学大付属中高校長)は「これからは公私で分断ではなく協調する時代。そのため定例的に会合を開いたり、授業を公開し合ったりして、互いの強みを生かしていきたい」と連携を呼び掛けた。
滋賀県も将来向け議論開始
公立高の在り方は滋賀県でも議論されている。県教育委員会は昨年11月、2022年度から10年間の県立高の在り方を示した基本方針案を発表。具体的な統廃合には踏み込まなかったものの、「10〜15年先には現在の規模の維持が困難になる」と予測し、将来に向けた議論が必要とした。
22年度以降、県教委が全県的な視野に立って高校ごとの特徴的な学科配置などを示す「魅力化プラン(仮称)」のたたき台を作成し、地元市町や各校の教職員らと協議しながら在ぴ方を決めていくという。
ただ学校が小規模化しても、その小ささに魅力を感じる生徒もいるため、例えば小規模な複数校を一つの大学のキャンパスのようにして残すなど、地域の実情に合った仕組みを検討していくとした。
また少子高齢化やグローバル化、情報化などを受け、高校の授業は「生きる力」の育成に向けて、「答えを見つける教育」から「課題を見つけて解決に向けて考え行動する教育」へと変えていく。そのために探究型の授業や文部科学省が推進する普通科の特色化などに力を入れる。
私立高との関係についても「募集定員の在り方も含めて公私が建設的に議論する定期的な協議の場の設置を検討する」とした。
県教委の担当者は「生徒には多様な思いがある。生徒同士や高校間で比較をするのでなく、1人の生徒が高校入学後、成長できるようにしたい。そのために高校で多様な選択肢を提供できるようにする。今は偏差値で高校を選ぶ面もあるが、自分が何をしたいかで選ぶようにしていきたい」と話す。
D「普通」以外の道 (2022年1月16日 京都新聞)
【職業学科】社会を意識 地域密着
近年、就労に必要な技能や知識を学ぶ高校の「職業学科」を再評価する動きがある。背景には、これからの時代、画一的な教育でなく、企業や地域のニーズに応えた教育をしていくべきだとの考え方がある。また通信制高の志願者も増えている。普通科や全日制が『普通』と考えられがちな進路選択の幅が広がりつつある。 (三村智哉)
「いかがですか」
昨年12月中旬、京都市右京区の観光地・嵐山の土産物店で、京都すばる高(伏見区)の2、3年生約20人が自分たちで企画した宇治抹茶入りドーナツや九条ねぎ入りのたこ焼き粉などを販売実習した。
参加した商業学科の企画科3年崎信穂乃さん(18)は入学の理由を「普通科は中学の授業と変わらず、もっと積極的に社会について学びたかった。起業家らの話も聞けて面白そうだと考えた」と明かす。
小川建治教諭は「昔は同質的で、会社に貢献する社員が求められた。今は自ら考え動ける人が求められる。そのため学校ではさまざまな社会人と出会える場を用意している」と語る。
時代に応じた人材を育成してきた職業学科だが、近年は生徒数が減っている。特に京都府内は少なく、公立高の全定員数に占める職業学科の割合は12・0%と全国45位の低さ。一方、普通科と、進学系の「普通科系専門学科」は合計で計85・6%に上る。府内は大学が多いため、普通科での大学進学志向が高まってきた。
だが最近、職業学科の魅力を見直す声が出ている。
「職業学科が脚光を浴びる時代が来る」と話すのは、ある府立高の副校長。「今は高学歴イコール高収入の時代ではなく、早く高いレベルの人材が求められている」と強調。「職業学科はいろんな経験を積む中でやりたいことを見つけられるのが魅力」と説く。
そうした魅力を学校改革に生かす高校もある。
須知高(京都府京丹波町)は2022年度から普通科に「地域探究コース」を新たに設け、併設する農業学科系の食品科学科の授業を一部受講できるようにする。坂本正義副校長は「普通科の中でも地域農業や食文化などを学べるようにしたい」と狙いを説明する。
最近、文部科学省は普通科について画一的な学びでなく、「グローバル」「社会の課題解決」など特色を出すよう求める。地域の現場や最前線の社会人に学ぶことも促すが、「すでに職業学科でしてきたことだ」との声も聞かれる。
ただ、時代の方向性に合致しても、今の中学生に選ばれるかは別問題。京都すばる高も定員割れに悩む。北村俊幸副校長は「まず見に来てもらったり、中学と連携したりして、魅力を伝えたい」と前を見据えた。
【通信制】不登校背景の志願者急増
昨年12月上旬。京都市下京区で通信制高約20校の合同説明会が開かれ、多くの中高生や保護者が訪れた。
母親と訪れた市内の中学2年男子(14)は「学校に行くのがきつく休みがちで、通信制なら行けるかなと思った」。全日制からの転入を検討する高校1年生の50代母親は「本人が生きていて楽しいことが一番。私の昭和の価値観を押し付けてはいけないと思った」と吐露した。
主催した出版社「学びリンク」(東京都)の山口教雄社長は「学校数が増えて選択肢が広がっているほか、保護者の通信制へのハードルも下がっている」と実感を語る。
昨年11月に発表された京都府内の中学3年生の進路希望調査結果で、通信制高の志望は570人と、前年度から119人(26・4%)も増えた。
要因の一つは、不登校の増加だ。府内の国公私立の小中学校で2020年度の不登校の児童生徒数は計3810人(前年度比12・1%増)と過去最多。自分のペースで学べる通信制高は、不登校経験者らの進学先として選ばれている。
また、通信制高のイメージも変わりつつある。
昨年11月下旬。下京区のビル内にある通信制のN高の京都キャンパスを訪ねると、広く開放的なフロアの机で、生徒たちが思い思いの場所でパソコンに向かって勉強していた。中国語を学んだり、プログラミングを黙々と学習したりする生徒もいた。
N高は学校法人「角川ドワンゴ学園」が2016年に本校を沖縄県として開校。映像学習が基本だが、京都市を含め全国19力所に通学もできるキャンパスがある。著名な政治家の講演や大手企業と連携した課題解決授業などユニークな取り組みが売りで、本校が茨城県の「S高」と合わせて生徒数は2万人を超える。
N高の奥平博一校長は「ネットの良さを生かした新しい学校を作ろうと考えた。最低限の教科学習というベースの上に何を乗せても自由。本物を知る機会を提供し、自信を付けさせたい」と力を込めた。
インタビュー編1 (2022年1月30日 京都新聞)
新型コロナウイルス禍など未知の課題への対応、情報通信技術(ICT)の進展、多様性の尊重…。少子化で子どもの数が減る中、時代の変化やニーズに合った高校をどうつくるか。京都府、京都市の教育委員会と府私立中学高等学校連合会の各トップに聞いた。(三村智哉)
「連携」カギに新たな魅力を 京都府教委橋本幸三教育長
―現在の高校が抱える課題は何か。
「近年、生徒数が減っている。学校が小規模化すると、十分な教育活動ができなくなる。国や府が私立高の学費助成を増やしたため中学生が私学に流れ、府立高では定員割れが増えてきた。高校入試でも、生徒や保護者が『早く安心したい』と本来メインである府立高入試の中期選抜まで受けてもらえなくなっている。また生徒への1人1台のコンピューター端末配備など新しい時代に対応した教育を行っていく必要もある。入試などの制度的な面と教育内容と全体を見直していかなければならない」
―教育内容はどう変えていくのか。
「キーワードは『連携』だ。高校間や地域、企業、大学などとの連携で、学校に新たな魅力を付け加えたい。例えば、府立高間で連携し、別の学校の授業を受けられるようにすることなども考えられる。府立高は、学習と部活動、行事などのバランスの良さは生徒から評価されている。そこは維持しながら魅力を高めていく」
―文部科学省は普通科の改革を求めている。
「中教審が新しいスタイルとして示した『学際的』『地域創生的』といった教育はすでに府立高で行っている。新しい学科をつくるより、既存の学校の特色を活用してさらに発信を強めていきたい」
―府立、京都市立で『御三家』と呼ばれる進学校ができるなど、高校の序列化か進んでいないか。
「公立高の役割はいろんな生徒を幅広く受け入れ、希望の進路の実現を目指すことだ。そのため、難関大進学や中学の学び直し、就職などさまざまな希望に対応している。現在の府立高が序列化したり、偏差値で輪切りにされたりしているとは強くは言えない。中学生は学校行事や部活動、修学旅行など全体で高校を選んでいる」
―なぜ私立高を選ぶ生徒が増えていると思うか。
「私立高は施設が整っている。教員の異動も少ないため、強い部活動は同じ指導者が見て、重点化されている。そういった点が私立の魅力だろう。公立高も自宅との近さや地域との関わりの深さなど魅力はあるが、宣伝が下手な面はある。もっと中学校の早い段階から魅力を伝えたい」
―少子化の時代、どぅ私立高と共存する考えか。
「私学と生徒の奪い合いをしようとは思っていない。ただ望ましい教育環境を整えるには一定の規模が必要だ。地域の実情を考慮し、高校の再編は考えざるを得ない。かつて高校の生徒数が増えた時、私学が一定数を受け止めてくれた。今後、生徒数が減少する分はある程度、公立で受け止めざるを得ない。ただ一部の私立高による行きすぎた生徒獲得はやめてぃただき、良識のある対応をしてほしい」
―大阪府では3年連続で定員割れとなった公立高は再編整備が検討される。京都府ではどうか。
「京都府で、それはない。学校の長い歴史に込められた地域の思いもある。丁寧な調整協議が欠かせない。定員割れしても学校の役
割が重要なら残してもよいという考えもある。2022年度から具体的にどうするか時間をかけて議論することになるだろう」
―京都府の公立高入試制度の見直しは。
「中期選抜入試まで受ける生徒が減っている。入試方法が複雑だという声もある。京都市など関係機関と調整する。周知期間も必要
なので、早く答えを出したい」
特色打ち出しニーズに呼応 京都市教委稲田新吾教育長
―京都市立高は、難関大進学者が多い堀川高や西京高、昼間・夜間定時制の京都奏和高などさまざまな特色がある。どういった方針で運営しているのか。
「生徒や保護者ら市民のニーズに応えることが基本だ。戦後は高校進学率を高めようと(小学区制、総合制、男女共学の)『高校3原則』がとられた。その後、産業構造が変化し、単に『高校に進学すればいい』とはいかなくなった。当時の公立高は同じレベルで並んでいたため、難関大を目指す生徒は私立高に流れるなどし、市民の信頼を失った。そこで、私立に行く経済的な余裕がない家庭でも難関大を目指せるように堀川高をつくった。また、不登校を経験した生徒なども学び直しができるようにと京都奏和高をつくった。中学校現場のニーズを踏まえた政策に取り組み、市民の信頼を回復してきた」
―堀川高や西京高を巡っては、受験競争が激しい。公立が競争をあおっているとの声もある。
「私立校が少ない他府県では、難関大を目指す高校を公立がつくるのは当然であり、(京都市の)公立がやり過ぎだとは聞いたことがない。(私立高の学費を補助する)京都府のあんしん就学支援制度ができたが、まだ経済的に厳しい家庭もあり、子どもたちの夢を実現するために両校とも存在意義はある」
―文部科学省が普通科の改革を求めている。どう対応するのか。
「(2023年4月に塔南高を移転・再編して開校する(新普通科系高の)開建高が一つのモデルになる。地域と協働しながら、探究活動を教科全体に広げていく感じだ。画一的な知識を獲得して再生するだけではなく、得た知識か活用してどう世の中の役に立てるかがこれから大切になる。個性を持った人たちと一緒に問題解決する力が求められる。他の市立高でも、さらに生徒に選んでもらえるよう特色化を進めたい」
―各高校が特色化を進めても、中学段階ではまだ何をしたいか、はっきり決まらないことも多い。
「キャリア教育として、目的を定め、勉強の意義を確認し、学びの意欲をかき立てることは大切。ただ、その一方で無目的に学ぶことも大事だと思う。ある私立高の校長から『これから器に何が入るか分からないから、とりあえず器を大きくするために勉強しておくように教えている』との話を聞いた。何かの役に立つ学びと、学びそのものが楽しい学び。その両方のバランスが良いと、将来、目標が変わっても方向転換できる。今得た知識が10年、20年後には役に立たないかもしれない。常に新しいものを取り入れ、自分を改革していく力。それが新学習指導要領も目指している力だと思う」
公私協調へ在り方を模索 京都府私立中学高等学校連合会 作々井宏平会長
―京都府私立中学高等学校連合会として課題に考えていることは。
「府北部の問題だ。いずれ南部でも起こることだが、生徒数が減り、私立高は経営が厳しい。丹後地域で府立高に導入された(学校統合後も校舎を残す)『学舎制』は、理解はできるものの、私立高も人数が少なくなると、部活動など集団で切磋琢磨する機会がなくなる。私立、公立の互いの強みをどう生かすか、考えていく必要がある」
―少子化を見据え、公立、私立でどう高校の在り方を模索すべきか。
「京都府の公立と私立の関係者で話し合う『公私協議会』は近年、本会議は開かれず、現状認識や生徒の収容数などについて話し合う『幹事会』が毎年開かれるだけにとどまっている。
これからは分断でなく、協調の時代。本会議を再び開き、どう連携して、公教育を役割分担するか話し合いたい」
―京都府内の私学の特徴は。
「各校が建学の精神に基づいた特色ある教育を行っている。それぞれが互いに尊敬し合いながら高みを目指し、京都の私学熱を高めてきた。2011年には私立高の学費を助成する府の『あんしん修学支援制度』が始まった。これにより、『京都の子は京都で育てましょう』と、公立、私立にかかわらず希望の学校に行けるようになった」
―これからの時代、どんな教育が求められるか。
「どこの大学を卒業したかでなく、どんな経験をし、どんな力を付けたかという学習歴が問われる。困難に打ち勝つ力や、組織の一員として社会に貢献できる力、生涯学び続ける力などが求められる。学校側も子どもの適正を把握し、何をできるようになるか、何のために大学に行くのか、大学の(求める学生像を示す)アドミッションポリシーを考えた上での進路指導が必要になってくる」
―佐々井会長が校長を務める京都先端科学大付属高(京都市右京区)は、大手モーターメーカーの日本電産(南区)の創業者、永守重信会長が理事長を務める学校法人との統合で、京都学園局から改名した。現在の運営方針は。
「創立者の辻本光楠は、明治30(1897)年に15歳で単身、米国に渡った。帰国後、世界的な視野で主体的に行動できる人を育成するため建学した。現在も世界各地に交流校があり、米国などに研修に行ける。いかにワクワクする好奇心を満たし、人生の糧となるような経験を提供するかを大事にしている。永守氏とのご縁で、大学の先や世の中の動きを見越した教育を進められるようになった」
B生き残り図る地方公立(2021年12月26日 京都新聞)
C奪い合いか、連携か(2022年1月8日 京都新聞)